物価高騰で外食もできない「綱渡り生活」…それでも「介護保険の2割負担は妥当」と認知症の母がいる現役ケアラーが考えるワケ

既定路線だと思われていた介護保険の2割負担の対象者の範囲拡大だが、結局は見送られることとなった。「物価高による高齢者への影響」を考慮したというが、現役の介護者からすると「2割負担は妥当」という意見もある。

『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』の著者で、自身の経験や取材を基にした執筆、講演、支援活動、メディア出演などでヤングケアラー、若者ケアラー、ミドル(就職氷河期)ケアラーの存在を広めた一人のケアラーいきづらさ評論家の奥村シンゴさんが、ある介護者を緊急取材。「2割負担は妥当」と思う理由を聞いた。

認知症の母親を施設に入所させなかった理由

政府・与党が介護保険のサービス利用料2割負担の範囲拡大について見送ることになったと報道があった。物価高騰で高齢者の暮らしに配慮したというが、笑止千万である。思わず、「現役世代も状況は同じや」とツッコミを入れたくなった国民が多かっただろう。そこで、今回、現役の介護者を緊急取材した。

母親の認知症介護で介護離職、生活困窮はしているものの「介護保険サービス利用料は2割負担が妥当」という関西在住、40代後半の松本忠重さん(仮名、以下同)。忠重さんは、3年前からアルツハイマー型認知症の母親を介護する「ミドルケアラー」(就職氷河期ケアラー)だ。平成29年度の就業構造基本調査によれば40代の介護者は89万7500人で平成24年度の調査と比べ11万9200人も急増している。今は令和5年なので100万人を超えているだろう。

忠重さんは40代後半、関西在住、独身で百貨店勤務。父親は数年前に病気で他界し、70代後半の母親は一人暮らし。母親の自宅から自転車で30分程の場所に住んでいて、母親と1ヶ月に1~2回顔を合わせていた。

忠重さんが母親の異変に気がついたのは今から3年前のこと。

ある日、野菜や果物を買い母親に届けた時、母親が忠重さんに料理を振る舞おうと「少し待ってて」と調理場に向かい料理の準備をはじめたものの包丁の場所や野菜の切り方がわからない……。

「忠重、最近ね、ご飯が作りづらくて…。私どうしてもうたんやろ」(母親)

忠重さんは、母親に「俺と一緒に一度病院行こう」と進言し病院に連れて行った。診断結果は、「アルツハイマー型認知症」。

「アルツハイマー型認知症」とは、脳の神経細胞が通常よりも早く減ってしまうことで認知機能が徐々に低下していく病気で、もの忘れ、時間や場所がわからないなど中核症状が現れる。これにより暴言や暴行、不安、気分が落ち込むなどの症状がみられ寝たきりになる。認知症で一番多い疾患である。

母親の主治医は、忠重さんに「お仕事を続けながら認知症の介護を1人でなさるのは大変です。施設入所をオススメします」と告げた。

「高齢者施設は、コロナで一層に人手不足が加速した上に物価高騰が追い打ちをかけ余裕がない。そういう環境下なら母親の認知症がますます進むリスクが高い。ですから、ケアマネージャーと相談し、母親がご飯の時だけヘルパーさんに入ってもらうようにしました。自身は母親の様子をみる回数を増やしました」(忠重さん)

こうして、忠重さんは人の手を借りながら自宅で母親をケアする決断を下した。

しかし、すぐに介護と仕事の両立が困難な出来事が起きる……。

25年近く勤務した職場から介護離職を決意したワケ

母親は、料理を除き日常生活にそれほど支障がなかったが、「アルツハイマー型認知症」の診断から1年半過ぎたある日。

忠重さんが職場の昼休み中、母親に用事があり電話したが出ない。その後、時間を少しずつ置き何度も連絡したが応答なし……。

「いつもなら何回か電話をかけたら出るのにおかしいな」嫌な予感がした忠重さんは、仕事を15時で早引きして母親の自宅へ急行した。すると母親の自宅は玄関の扉が開いたままで不自然な状況……。

忠重さんは、母親が寄りそうな近所のスーパー、ショッピングモール、喫茶店などあらゆるところを探したが見つからない。

母親を探し1時間少したったころ、忠重さんの元に母親が発見されたと警察から電話がかかってきた。

「息子様の電話番号でよろしいでしょうか?お一人で大声で泣きながら歩いておられるのを通行人が発見し警察に連れてきました。お手数ですが、警察までお母様を迎えに来ていただけませんか?」

忠重さんが警察へ向かうと号泣しながら座っている母親がいた。

「おかん、一体何があったん?心配したで。さあ一緒に帰ろ」忠重さんの優しい言葉にも母親は手を握り「私も何がなんやわからへんのよ」とかなり混乱している様子……。

この出来事をうけ、忠重さんは、「高齢者施設に預けるしかないのか?しかし認知症以外に何か他の病気があるわけでもない。もう少し家で過ごせないものか……」と悩みケアマネージャーと話し合った。

ケアマネージャーからは、要介護認定の区分変更申請と施設入所を勧められた。母親の要介護度は「要介護1」から「要介護3」に上がり、介護サービスの利用できる時間が増えた。そうはいっても、忠重さんは仕事と介護を両立するのは難しいと感じ、勤務先の上司に改めて相談。

「母親の症状が進行してしまいました。しばらくお休みをいただきその間に施設へ入れるか否かの判断や、ケアマネと一緒に施設探しをしたい。もう少し母親の元にいたいんです」(忠重さん)

しかし、勤務先の上司は「忠重くんは長年会社に貢献してもらっているから上層部とかけあってみたが1ヶ月が限界。その間に全て片づけてほしい」と頼まれた。

忠重さんは、「さすがに1ヶ月ではどうしようもない…」と思い25年近く勤務した百貨店を介護離職し、しばらく母親の介護に専念する決心をした。

筆者は、忠重さんより少し若い年代から認知症祖母の在宅介護をした経験があるが、お互いに「なるべく家で一緒に過ごしたい」思いは痛いほど理解できる。

また、新型コロナが流行後、高齢者施設や病院は、感染対策の徹底や利用者・家族からのカスタマーハラスメントなどで現場の職場関係がこじれ離職者が相次ぎ人手不足が加速していると聞く。そうすれば、新型コロナ以前と同じ100%のケアをするのが現場で困難であり、要介護者や介護者が利用を躊躇した結果、介護離職を増やす遠因になっているかもしれない。

スーパーで割引品を狙い、外食もなし。それでも介護サービス費が高額と感じない理由

夕方から夜にかけて「徘徊」したり、ご飯を食べたのを忘れる回数が増えるなど、母親の症状はじょじょに進行した。

忠重さんはそこでデイサービス、ショートステイ、訪問看護と介護サービスを1ヶ月の介護保険支給上限額ギリギリまで利用。母親の年金は月12万円で毎月の費用は下記の通り。

介護サービス費 月約30000円
福祉用具レンタル代 月約4000円
光熱費 月約15000円
食費 月約45000円
管理費などその他 月約25000円

1ヶ月合計で約月11万9000円発生していて、母親の年金額や忠重さんが介護離職したのを考慮すれば毎月綱渡りの生活が続いている。忠重さんは貯金を切り崩す月もある。

「物価高騰でオムツやパッド代合わせて月1000円位(年間12000円位)、デイサービス・ショートステイの利用料や食費、自宅の食費も月500~1000円位値上げしましたね。母親の年金から足が出る場合は、私が補填しています。

キャリアはありますが年齢上再就職が困難なのが予想されますし、老後を考えれば、職場の元同僚などとの飲み会は月1回行くか行かないか、外食もしなくなりました。以前は近所のロイヤルホストで母親が好きな豚のポークステーキ1300円を食べさせていましたが、今は余裕がありません。週2回ぐらいスーパーで割引タイムを狙いまとめ買いしています」(忠重さん)

介護離職後、一転してギリギリな生活に陥った忠重さんだが、それでも介護サービスの自己負担額はけっして高くないと話す。

「母親の支出全体でみれば、約1/3でしかも1割負担で利用できています。在宅介護が限界になれば施設に預けられますし、百貨店で25年近く働いて多少貯金もあります。それより若者や私らミドル層が医療費3割で国民負担率が増すばかりですよね。給与から半分近く引かれるのは切なかったな」(忠重さん)

筆者も最近まで認知症祖母の介護経験をした「孫介護者」の「ミドルケアラー」「就職氷河期ケアラー」だが介護サービス費用が高額と感じたことはない。理由は3点ある。

1、祖母は、忠重さんの母親より若干多めの年金額が支給され介護サービス費用を毎月払っていた。
2、祖母は、高額介護サービス費や医療費控除で毎年一定額が還付されていた。
3、在宅介護5~6年目は特別障害者手当が支給されていた。

忠重さんや筆者の経験から、「介護保険の2割負担は妥当だ」と考えるのも無理がないということは、理解いただけるのではないか。

〈「介護保険の2割負担」対象拡大は見送りに…それでも「高齢者の介護サービス費用の負担増」が妥当と考えるワケ〉では、介護保険の負担割合の現状や、原則1割から2割、3割負担に上げるべき理由や、意外と知らない介護費用節約術を説明する。

奥村シンゴ
宝塚在住。放送・通信業界を経て、32歳で介護離職。認知症祖母と精神疾患母介護10年のうちひきこもり6年経験。現在は、介護・ケアラーとひきこもり評論家、講師、支援団体「よしてよせての会」代表を務める。NHKなどテレビやラジオの他、読売新聞、神戸新聞、共同通信、東洋経済新報社、介護専門誌認知症ケア他多数メディア出演・掲載。また、支援の狭間にある18~40代の「若者ケアラー」、「元ヤングケアラー」、「ミドル(就職氷河期ケアラー)、「ひきこもり」と家族をサポート。ほぼ24hLINE・電話相談、出張サポート、就業相談など1300回超の相談実績有。SNSはツイッターなど含め約1万人。著書『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』
ツイッター @okumurashingo43

https://gendai.media/articles/-/121426?imp=0より転用させて頂きました。

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